余暇の余暇性を楽しめることは大切なことだと思う。
今日の午後は雨なのでお休みに。
急に時間が空いたので、一息ついてみると、最近、随分とバタバタと過ごしていることを実感します。
そういえば最近、「あ~、やりたいことができていない!!時間がもうちょいほしい!!」などと思ってばかりかも…
なるべくゆとりを持って過ごすことに憧れているくせに……。
所で、私は今日のように急に時間ができると、まず「さぁ、何をしようか??」などと考えてしまうことが多いです。
その結果、集中して時間をうまく使えないままダラダラと時が流れてしまうことがあります。
試験のために勉強を始めたのに、使える時間内でどう勉強してよいのかが分からずに、身になる勉強がほとんどできなかった、みたいな感じでしょうか。
「あれもしたいこれもしたい」と、欲求が散らかりすぎているのかもしれません。
面白いなと思うのが、これが、1時間くらいの短い空き時間だった場合、「空き時間を効果的に使えた」という実感を覚えられることが多いような気がしています。
これは、使える時間が短いことから、その中でうまく進められることを想像しやすいからなのではないかと考えています。
「この時間の中だったらあれができそうだ」と想像し、実際にそれをやってみた時に、想像と結果との差が少ないと「効果的に使えた」というをような満足感が得られるのかもしれません。
余暇を計画的にこなせることで満足感を覚えるように心がセットされている??
もはや余暇の余暇性を楽しめていない気がして、書いていてなんだか虚しくなってきました(笑)
「自分は適度にタイトな方が充実感を得られる特性なんだ」というところに落として話を終えようと思います。
さ、色々忘れて今日はゆっくり映画でもみよ。
※野菜たちも春の顔になってきました。
雨ばかりで仕事がなかなか進みませんが、野菜は充実しているのでよしとしたいと思います。