ジャンルに縛られない。
今日は「ジャンル分け」について書いています。
僕は基本的に「有機」、「オーガニック」などの言葉は極力使わないように努めているのですが、先日、公の機関に自分のことを報告する時に、うっかり「有機農業」というワードを使ってしまった所、「有機農業とおっしゃいますが、有機JASの認証を受けておられるのですか?」という質問を受けてしまいました。
ご担当の方には、勘違いさせてしまったことを詫び、JAS法上ではない、一般名詞としての有機農家として報告をした旨をお伝えしました。
(国策で「有機農業の比率を劇的に上げる」みたいな目標を出しつつも、このファジーさや伝わりにくさもどうかと思いますけれど…)
僕は、数年前から「有機農家である」という肩書きなんてなくてもいいと思っていますし、僕と関わってくださった皆さんが僕のやっていることが何なのかをジャッジしてくださればそれで十分だと思っておりますので、自分がなんのカテゴリーに属しているかに関しては正直どう捉えてもらっても構わないと思っています。
(農業をはじめたての頃は有機農家として認識してもらいたいとも思っていましたが、受け手の解釈や知識によっての変数があまりにも高すぎるので、次第にそういう言葉をなるべく使いたくないと思うようになりました)
僕はただ好きで今の農業を選んでやっているだけですしね。
曖昧で分かりづらく、種類が多いものに対し「大まかな傾向を誰もが掴みやすいようにする」という意味で考えると、ジャンルわけは極めて重要なものであると思いますが、ジャンルに固執しないことの大切さというか、色々なジャンルを先入観なく捉え、素材そのものを自由に楽しむといった姿勢でいることは、何をするにしても重要な示唆を与えてくれるような気がしていますので、そのようなことにはなるべく強めに意識を働かせていたいなと思っています。
音楽でも、Tech-house、Deep-tech、Jazz crossover、Postrock、 Discodub、などに見られるように、一つの枠で表現しきれなくなった時に派生系のジャンルがポンポン生まれたりしますが、「音楽を聞いて楽しむ」という行為そのものに対し、それらを細かく分類して理解することにあまり意味はないように思いますし、(意味がないというよりも「個人的には興味がない」の方が正確かも)FunkをHIPHOP的だと捉える人もいれば、SOUL的だと捉える人もいるように、同じ音楽でも、人によってジャンルの解釈が違うこともあると思うので、こういうことをあまり細かく考えすぎることにあまり良いことはなさそうに思いますし、このようなことは、作り手からしても「他者が判断してくれればそれでいい」と感じることも多いのではないかと思います。
「効果的に販売するため」、「より多くの人にリーチされるため」、みたいな文脈でカテゴライズするのであれば話は別なのかもしれませんが、純粋に作品を楽しむという意味だけで考えるのであれば、多くのケースで「ジャンルなんてなんだっていい」と思う人も多いのではないかと考えております。
農業にもジャンルが腐るほどあって、自然〇〇、森林〇〇、環境再生〇〇、EM〇〇、〇〇栽培 など、「あげ出したらどこまで出てくるんだろうか??」というくらい、農法が分類されていたりします。
先に述べてきたような思いもあり、心から、どこにも属したくないものだな~と思います(笑)
それはそうと、今年は生姜が例年よりも不作です。何が原因かはいまいちよく分かっていませんが、また一つこなしがいのある宿題が増えました。